自動車業界の経験者が教える、他では聞けない「クルマの基礎知識」
2015年に発表・販売開始されたND型のマツダ・ロードスターは2016年にはフィアットからマツダ生産の輸入車として、NDロードスターをベースにしたアバルト124スパイダーが発売されました。
そして、NC型で登場したリトラクタブルハードトップのND版であるロードスターRFがラインナップに加わりました。 ソフトトップのロードスター、ハードトップのロードスターRF、海外人気ブランドを冠したアバルト124スパイダー。
この3台はベースは同じですがそれぞれ異なるキャラクターを有しています。
■NDが目指した原点回帰。NAロードスターの特性とは
ND型ロードスター開発時の大きなテーマの一つは、「原点回帰」です。
原点となったNAロードスターはどんな車だったのでしょうか。
1989年に発売された初代ロードスターは、ファミリア用の1.6リッターエンジンを縦置き用に変更し搭載していました。
最大出力は120PSとたいしたことはありませんでしたが、徹底的な軽量化(当初のモデルはパワステすらなかった)により、車両重量は940Kgと1トンを切っていました。
そして、初代ロードスターの足回りは日本の一般道に合わせてセッティングされていました。
せいぜいスピードを出しても80km程度、そんな一般道や山道で最高に楽しくなるように低速域での回頭性を優先させていたのです。
反面、高速道路やサーキットと言った高速走行や高速コーナリングを求められるステージではリヤが落ち着かないと言ったネガティブな面が指摘されていました。
■NDロードスターのSモデルこそ、原点回帰
NDロードスターは、大きく分けると、Sグレードの足回りとSスペシャルパッケージの足回りという2つの足回りの設定が存在します。
Sは一番価格が安く、リヤのスタビライザーと、トルセンLSD、シャーシの補強バーが未装着となります。
MT専用でオートエアコン、オートライトなどの快適装備も省かれるSモデルは、重量990kgを達成するためのカタログスペック専用モデルと取られる一面もあります。
しかし、実はSモデルこそが、NAロードスターから続く低速でのコーナリングを最優先にセッティングしたグレードなのです。
コーナリング時に外側のフロントタイヤが沈み込み、クリッピングポイントからアクセルを開けていくことによって、今度は外側のリヤタイヤが沈み込み、そして、フロントとリヤの外側が並行に沈み込む姿勢になります。
このときにリヤにスタビライザーが存在しないことによって、リヤの内側のサスペンションの伸びが抑制されず、気持ちよいコーナリングができる様に設定されているのです。
ただし、このサスペンションセッティングは、サーキットのような高速で旋回Gが長く続く場面では不利に働きます。
あくまで、日本の山道のようにコーナリング速度が低く、旋回Gが短い時間しか続かない状況を想定した足回りなのです。
逆に、高速道路を安定して走る、サーキットなどでの高速コーナーでの走りを考えると、Sスペシャルパッケージのリヤスタビライザー付きの足回りの設定が生きるのです。
ついつい、装備が充実しているSスペシャルパッケージに目が行きがちですが、SモデルこそがNAから続くロードスターの走りの原点を表現していると聞くと、Sモデルも魅力的に感じないでしょうか。
しかし、本来ロードスターの車両のパッケージは決して高速走行に向いているわけではありません。
それは、ロードスターの空力と関係しています。
ロードスターは、できるだけオーバハングを短くする設計になっており、リヤのオーバハングも極限まで短くなっています。
この設計のため、リヤタイヤを押さえつける空力を得られないのは、いくらリヤにスタビライザーを入れたとしても改善できないポイントなのです。
■ロードスターRFは、2リッターのトルクで走らせるGTカー
ロードスターRFは、その独特のハードトップのオープンの機構に加えて、輸出仕様にしか設定のない2リッターエンジンを搭載している点で注目されています。
2リッターエンジンの設定は、もちろん重量増に対応するためである事は確かです。
車重1100kgと、ノーマルのロードスターと比べると100kg近く重量が増しています。
ロードスターを開発するにあたり、マツダの開発者は気持ちいい加速感が得られる最適な動力源としてデミオの1.5リッターエンジンを選択しました。
もちろん、デミオのエンジンそのままではなく、吸排気系の見直しや、鍛造パーツを使用することによって、ロードスターで最適な加速に必要なトルクが出るように設計されています。
しかし、ロードスターRFには2リッターが採用されました。
それは、ロードスターがアクセルを深く踏み込んでエンジンを回して走るキャラクターなのに対して、ロードスターRFはアクセルを踏み込まずに豊かなトルクを感じながら走るキャラクターを与えられているからなのです。
そして、決定的にロードスターとロードスターRFが異なるのは、ロードスターが旋回性能を追い求めて直進性を多少犠牲にしているのに対して、ロードスターRFは直進性能が高められていることです。
もちろん、空力で不利な分がありますので、ロードスターRFはロードスターと比べると、旋回性能の低下と引き替えに直進性を高めています。
つまり、ロードスターは低速をひらりひらりとエンジンの回転を感じながら走る車に仕立てられているのに対して、ロードスターRFは高速道路などを優雅に走り、いざアクセルを踏み込むとスポーツカーとしての加速を楽しめるグランドツアラー的な走らせ方が似合うように仕立てられているのです。
■ロードスターとは全く異なる思想のアバルト124スパイダー
アバルト124スパイダーは、ロードスターの開発者達がギリギリまで削ったオーバハングをあっさり延長しました。 ロードスターとアバルト124スパイダーを比べると全長は、145ミリも長くなっています。
ホイールベースは両者共に共通ですので、延長分のすべてがオーバハングに使われています。
これは、デザインの要素もあるのですが、実はオーバーハングを伸ばすことによって空力特性を変更し、ロードスターでは得られなかった後輪への空力加重を増やしているのです。
これによって、慣性モーメントの増加によって旋回性能は落ちますが、高速走行時の安定性は確実に増すのです。
ロードスターとは全く違うパッケージングですが、逆にこれがアバルト124スパイダーの特徴を出しています。
エンジンは、直列4気筒1.2リッターターボのマルチエアエンジンを搭載して、3車種のなかで最大の170PS・250Nmを発揮します。
ロードスターの1.5リッターNAエンジンが131PS・150Nmで、ロードスターRFの2リッターが158PS・200Nmなので、1.4リッターながら一番ハイパワーなエンジンを搭載してそれでいて、車重は1060kgにおさえられています。
アバルト124スパイダーは、ターボエンジン特有の低速からのフラットで豊かなトルクを使って高速道路から山道、サーキット走行までそつなくこなす車です。
ロードスターと比べると、低速のコーナリングは劣るかもしれませんが、そんなことが気にならないくらいの楽しさが詰まった車になっています。
■3車種に4つの個性あなたならどれを選ぶ?
このように、2種類の足回りの設定があり、低速での旋回性能を極限まで高めているのが特徴のロードスター、グランドツアラーの性格を持ったロードスターRF、欧州のダウンサイジングターボを搭載して高速ステージなら負けないアバルト124スパイダーと、3車種に4つの個性を持った車が日本で購入することができるのです。
しかもこの3車種の価格は200万円台から300万円台におさまっています。
あなたなら、4つの個性を持った車のどれに乗りたいと思いますか?
筆者なら、ロードスターのSモデルでNAロードスターの走りに思いを馳せるか、アバルト124スパイダーでサーキットを楽しみたいと思います。
欲を言うならば、ロードスターに2リッターモデルを追加して頂いて、ロードスターを5種の個性の中から選びたいところです。
マツダさん、ぜひ日本のユーザーにも、もう一つの選択肢の追加をお願いします!
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