自動車業界の経験者が教える、他では聞けない「クルマの基礎知識」
以前は、1つの自動車メーカーに対して多くの販売チャネルがありましたが、現在では販売チャネルを統合しているメーカーがほとんどです。
そんな中で、日本の自動車メーカーとしては最大手であるトヨタは、未だに販売チャネルを1つに統合せず、複数のチャネルを持ち続けています。
他社が統合を進めていく一方で、トヨタがこのような戦略をとるのはどうしてなのでしょうか?
今回は、販売チャネルとはどういうものなのかを解説しつつ、「なぜトヨタは複数のチャネルを持ち続けるのか?」「トヨタも今後は販売チャネルを統合することがあるのか?」という疑問について考えていきたいと思います。
販売チャネルとは?
多くのメーカーがチャネルを統合してからしばらく経つので、車を所有している人でトヨタ以外のメーカーでも多くの販売チャネルがあった時代を知らないという人が増えてきています。
そういった人からすると、そもそも販売チャネルとはどういうものなのか分かりにくいかもしれません。
ビジネスシーンなどで使われることの多い「チャネル」とは、水路を意味する英語のchannelから来ています。
水が流れる道筋という意味から、ビジネスにおいて商品が消費者の手に届くまでの経路という意味で使われるようになりました。
自動車業界では、同じメーカーの製品であっても、車種やブランドによって販売経路を分けるようになったことから、これらの販売経路の違いを販売チャネルと呼ぶようになりました。
販売チャネルの始まりはアメリカのGM
メーカー内で販売チャネルを分けて売り出すようになったのは、アメリカの自動車会社GMから始まりました。
ただし、自動車メーカーとして最初に成功したのは、GMではなく、同じくアメリカの会社であるフォードでした。
もともと自動車は非常に高価なものだったので、一般の人たちには購入することができず、すぐに普及はしませんでした。
そこでフォードは製造する車種を1つにしぼり、それを大量生産することで、車の価格を抑えることに成功します。
それまでお金持ちしか購入することができなかった自動車を、一般の人でも購入できる価格まで値下げすることで、急速に自動車は普及し始めました。
フォードのおかげで自動車は広く普及しましたが、自動車の市場が大きくなるにつれて、顧客のニーズはどんどん多様化していきました。
フォードは多くの人が使える大衆車としてのポジションを築いていましたが、1つの車種しか製造していなかったために、多様化する需要に次第に対応できなくなっていきます。
そこで、GMはフォードとは異なる戦略で対抗しました。
それが販売チャネルを増やすことです。
フォードがあくまで大衆車にこだわり、製造コストを抑えてより安い車を作っていく一方で、GMはあえて価格の高い車を含めた幅広い車種を揃えることにしたのです。
GMは複数の自動車会社が合併することで大きくなった会社だったので、フォードに比べて幅広い車の製造技術を持っていました。 その強みを活かして、大衆車から高級車まで異なる価格帯の車を製造していきました。
特に高級車は、今までにないデザインや性能の新しさに多くの顧客の心を掴むことに成功します。
GMは、客層や嗜好の違いに対応するために価格帯や目的の異なるブランドを所有し、扱う車種によってセールスの方法も変えました。
いわゆるマーケティング戦略として販売チャネルを初めて取り入れたのがGMだったのです。
販売チャネルを複数に分けることで幅広い客層を獲得することに成功したGMは、ついにフォードを抜いて世界一の自動車会社となりました。
このように市場が拡大されていく中で、多様化するニーズに応えるためには多くの販売チャネルを持つことが有効であるということを実証したのがGMだったのです。
販売チャネルはどのように分けられているのか?
アメリカで成功したGMの手法を真似するように、トヨタをはじめ日本の自動車メーカーは販売チャネルを複数持つようになります。
販売チャネルは、ただ販売経路を分けているのではなく、多様化するニーズに対応できるように、それぞれのチャネルの特徴をはっきりさせることで効果を発揮します。
それでは、自動車メーカーはどのように販売チャネルを分けていたのでしょうか?
現在も複数の販売チャネルを持つトヨタを例に販売チャネルの特徴を見てみましょう。
トヨタが持つ販売チャネルは次の4つです。
トヨタ店
クラウンを始めランドクルーザーなど高級車を主に扱う販売チャネルです。
高級車の他にも商用車などの法人向けの車種も扱っています。
トヨペット店
年齢層の高いファミリーをターゲットにした販売チャネルです。 セダンや高級ミニバンをメインに扱っています。
主な車種は、マークⅩ、アルファード、ハリアーが代表的です。
カローラ店
トヨペットに比べて、若いファミリー向けの車種を扱っています。 ロングセラーのカローラを始め、パッソやノアといった車種があります。
コンパクトカーからミニバンまで幅広い車種を扱っているチャネルです。
ネッツ店
カローラ店と同じく幅広い車種を扱っていますが、主に若者向けの車や、女性向けの車種など個性的でスポーティーな車種が多いことが特徴です。
代表的な車種はヴィッツ、ヴェルファイア、ヴォクシーがあります。
このように、販売チャネルごとに性格や特徴が分かれていて、扱っている車種も少しずつ違っています。
販売チャネル統合の流れが始まったのはなぜ?
さて、ここまでは、主に販売チャネルがどういうものなのかを解説してきました。
販売チャネルを分けるという方法はマーケティングとして優れた戦略だったわけですが、その一方で、トヨタ以外の自動車メーカーが次々と販売チャネルを統合しているという現状があります。
ここからは、販売チャネルを統合する流れが生まれた原因を考察していきながら、トヨタだけが複数の販売チャネルを持っていることの理由にも迫りたいと思います。
販売チャネルにもデメリットが?統合が進む理由とは?
以前はトヨタ以外の自動車メーカーも、トヨタと同じように複数の販売チャネルを持っていました。
例えば、日産ではトヨタのように販売チャネルを拡充する方針だった頃は、5つのチャネルをもっており、それぞれのチャネルで専売車種がありました。 しかし、販売網の再編が決定されるとブルーステージとレッドステージの2つのチャネルに縮小されることが決まります。
2007年には、ブルーステージとレッドステージといった色分けも廃止され、販売チャネルが1つに統合されることになりました。
現在では、販売会社名として「〇〇日産」や「日産サティオ〇〇」「日産プリンス〇〇」といったチャネルの名前が残っていますが、販売系統は1つに統合されているので、実質的な販売チャネルの廃止が行われています。
ホンダでは、プリモ店、ベルノ店、クリオ店の3つの販売チャネルを持っていましたが、2006年にチャネルの統合を決定すると、全ての販売会社名をHonda Carsに統一されました。
チャネルが複数に分かれていた頃には、それぞれの特徴に合わせた専売車種がありましたが、販売チャネルが統合されることで、基本的には全国どこのお店でもメーカーが製造する全ての車種を扱うようになりました。
それまではトヨタのようにチャネルの拡充していたメーカーが次々とチャネルの統合が進められたのはどうしてでしょうか?
それは販売チャネルのデメリットが次第に浮き彫りになってきたからです。
販売チャネルを分けることのデメリットとは、なんといってもコストがかかることです。
販売チャネルが多いほど、メーカーとして製造する車種が増えることになるので、そのための設備やそれぞれの部品も増えるため効率が悪くなってしまいます。
市場が大きくなり続けているうちは、それでも良かったのですが、どの家庭でも車を所有することが当たり前の時代がやってくると、国内の市場が成熟期を迎えて状況が変わってしまいます。
元々販売チャネルを分けられたのは、自動車市場が大きくなっていく過程でニーズが多様化したためでした。 しかし、自動車市場が成熟期を迎えると、ゆっくりと市場が縮小され始めていきました。
そうなってしまうとメリットの多かった販売チャネルを分ける方法は、次第にデメリットが目立つようになってしまったのです。
メーカーは市場の縮小に伴って複数のチャネルを維持することが困難になってしまいました。
その結果、製造コストの改善と販売の効率化が求められ、それまでと一転して販売チャネルを統合することにしたのです。
トヨタが販売チャネルを統合しない理由とは?
他のメーカーが販売チャネルの統合を進める中、トヨタだけが現在も複数のチャネルを所有しています。
チャネル統合の背景は、自動車市場が徐々に縮小され始めたためですが、なぜトヨタは他のメーカーのようにチャネルの統合を行わないのでしょうか?
トヨタも市場の縮小に合わせて販売の効率化を課題とされていますが、実はチャネルを統合したくてもできない理由があるのです。
ディーラーには大きく分けると2つのタイプに分けることができます。
メーカー資本のディーラーと地場資本のディーラーです。
メーカー資本のディーラーはメーカーの子会社ですが、地場資本のディーラーは地域の企業がディーラーを運営しています。
メーカー資本とディーラー資本の違いについては以下のページで詳しく解説しているので、参考にしてみてください。
メーカー資本のディーラーと地場資本のディーラーの違いとは?
トヨタのディーラーとしての特徴は、地場資本のディーラーが多いことです。
日産やホンダでは、メーカー資本のディーラーも多いのですが、トヨタは基本的にはメーカー資本のディーラーをあまり作りませんでした。
トヨタは自らの資本でディーラーを増やすのではなく、地域に沿った地場資本の会社を自社の販売会社として受け入れていきます。
トヨタは、同じ地域内の異なる地場資本のディーラー同士で競わせることで順調に販売網を広げていきました。
こういった戦略は、市場が拡大されている頃には効果的であり、トヨタは自動車メーカーの中でもダントツの店舗数を所有することになります。
しかし、市場が縮小されるにつれて、トヨタにも販売の効率化が求められるようになると、ディーラーの多くが地場資本であることと販売店の多さが仇となってしまいます。 同じ地域にある異なる地場資本のディーラーは、同じトヨタの看板を掲げていたとしても基本的にはライバル関係です。
これまでメーカーからも競い合うことを良しとされていたので、競合関係が強く、チャネルを統合することに抵抗感のあるディーラーも少なくないようです。
日産やホンダといったメーカーが販売チャネルの統合に踏み切れたのには、メーカー資本のディーラーの数が比較的に多かったため、メーカーの意向でチャネル統合といった大掛かりな改革を行いやすかったという背景があります。
一方、トヨタは同じ地域内に異なる地場資本のディーラーが多数あったために、トヨタの意向だけでそれらを販売系統を統一するということが非常に困難だったのです。
トヨタの販売チャネル統合はありえる?
トヨタとしては縮小傾向にある国内市場での対応が求められているわけですが、今後は販売チャネルの再編や統合はありえるのでしょうか?
結論から言うと、日産やホンダのようにチャネル制度を廃止するような方法を実施する予定は今のところはないようです。
実際にトヨタの豊田章男社長もチャネルを統合するつもりはないことを言及しています。 しかし、これまでと同じように販売していては、コストがかかってしまい経営が上手くいかなくなってしまう可能性があります。
そこで、トヨタは日産やホンダのようにチャネルを統合するのではなく、違う方法でコストの効率化を図る方針を打ち出しました。
基本的には、販売チャネルごとに専売車種を持っており、チャネルの特徴に合わせた車種の棲み分けを行っていますが、近年ではプリウスやアクアといった人気車種は全てのチャネルで販売され始めました。
トヨタはこのような併売車種を増やしていくことで、生産や販売の効率化を図ろうという方針のようです。
トヨタでは未だに販売チャネルが複雑なために、せっかくお店まで足を運んだのに、希望の車種を扱っていなかったという話を良く耳にします。
多くの車種がどのチャネルの店舗でも扱うようになれば、顧客としての利便性も高まるので、トヨタの車種を検討する人にとっては嬉しい変化だと思います。
メーカーが車を作れば作るほど売れるという時代が終わりを迎える中、これまで日本の自動車業界を牽引してきたトヨタが今後どのような変化をしていくのか、これをきっかけにあなたも注目してみてはいかがでしょうか。
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